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月刊シロロ

月刊シロロ  9月号(2016.9)

 

 

 

 

 

《儀式見学の予備知識4》儀式の日程と順序⑴開式まで

 

 文:安田益穂

 

はじめに

 

 前回まで3回にわたって、アイヌ民族博物館で実施しているコタンノミ(集落の祈り=春秋の大祭)を例に、⑴式場とマナー⑵家の神々⑶祭壇の神々について解説を試みました。今回と次回は儀式の日程及び順序を取り上げます。今回は酒造りを中心に開式までの準備を、10月号では開式後の式次第についてご紹介する予定です。また百聞は一見にしかず、翌11月には秋のコタンノミが以下の通り開催されます。どうぞお越し下さい。

▶儀式開催のご案内
秋のコタンノミ

11月6日(日) 10:30開式〜(約2時間)

オメカプ(後祭) 11月7日(月) 13:00開式〜(約30分間)
会場 アイヌ民族博物館ポロチセ(両日共)
祭主 野本三治(アイヌ民族博物館伝承課長)
  会場は冷え込みますので厚着でお越し下さい。

 

 なお、儀式は地方や祭主によっても違いがあります。この解説は現在当館が実施しているコタンノミの例であり、各地の儀式と比較してどれが正しく、どれが間違っているというものではありません。あくまで当館の例とご理解下さい(注1)

 

1.儀式の全日程

 

 最初に、全日程を俯瞰しておきましょう。

 

▼表1 儀式の全日程(当館のコタンノミの例)

 

1.準備
⑴数週間前 招待、告知
⑵10日前〜前日まで

酒づくり:酒仕込み(約1週間前)〜酒漉し(前日)

木幣の製作:材の採取、木幣搔き

供物づくり:料理(前日〜当日)

⑶当日の開式前

式場の準備

①タクサ(手草)で式場を清める。

②削り掛け(イナウル)を屋内の所々に吊し垂らす。

③炉とヌサ(屋外の祭壇)に所定のイナウを立てる。

④敷物を敷き、祭具を出す。

⑤酒を儀式用の酒樽に移し、炉頭に据える。

着座・諸神の分担

2.儀式
⑴当日の儀式(本祭)

①開式の拝礼(「オンカミアンナ」)11/6 10:30〜

②供物による祈り(ハルエオンカミ)

③酒粕による祈り(シラリエオンカミ)

④家の神々への祈り(ハンケカムイノミ)

⑤祭壇の神々への祈り(トゥイマカムイノミ)

⑥先祖供養(シンヌラッパ)

⑦献酬(トゥキウサライェ)

⑧閉式の拝礼(「オンカミアンナ」)

⑨祭具の片付け

⑩木幣撤去  12:30ごろ

⑵翌日の儀式(後祭)

開式の祈り 11/7 13:00〜

閉式の祈り 13:30ごろ

 

2.招待・告知

 

 現在当館では、儀式の開催を近隣の関係者の方々に今日的な方法、つまり往復はがきや電話などでお知らせし、一般にはホームページやSNSなどで周知を図っています。昔はもちろんそんなはずはないですね。昔は使者が招待の口上を伝えて回ったそうです。以下は沙流郡二風谷の「新室寿ぎ」(にいむろほぎ=新築祝い)の例で、二谷國松氏(1988-1960)からの聞き取りに基づいていますが、基本的には他の大祭も同じです。

 

「新室寿ぎ」に招かれる人々は遠近の聚落に住む親戚ir-kur、長老poro-ekashi、同じ村の親戚、長老その他近隣の人ということになるが、その中、主だった人々に対しては建築主若しくはその代人は、前以て、使いの者uitek-kur(召使いusshiu、親戚の若者、その他適任者)をやって、口頭を以て招待したい旨を伝えさせる。祭の招待に限らず、すべて正式の使者に立つ者は、命じられた口上をそのまま1句も違えず、節付けの律語sakor-itak(<節持つ詞)を綴った美辞麗句を連ねて述べ、終りに“……と……が申しました”と添えるのが古風の礼儀正しい作法であった。それに対して、招待を受けた側も、同じ様に律語をもって、招待を受けたことを感謝すると共に、当日出席できるか否かの自分の都合を使者に告げるのが礼儀だったという。(久保寺逸彦1968、pp.280-281)

 

 葛野辰次郎エカシ(1910-2002 エカシは長老の意)は二谷氏より22歳年下ですが、聞き取り調査では子供の頃、儀式の招待の使い(ウナプテ)に行かされた話をしています。

 

(葛野)……俺らも小さい時にそれ(使い)やらされたもんだ。隣の爺さんでも婆さんでも、手も足も使えないような年寄りの爺さん婆さんを負ぶってきてご馳走食べさせたり、それから、歌うたったり、いろんなことやって見せてやるのが私らの昔々のしきたりなんだね。

(安田)やっぱりそうやって隣近所やなんかに、「来て下さい」って言いに行くのは、そういった子供とか、そういった人たちなんですか? 女の人とか?

(葛野)ああ。そうだ、子供を使うの。そしてね、少しでも難しくなればね、一回や二回招んでは行かないの。二回か三回招ばないばな、「これ三回も招ばれたんだから、行かないばだめだ」。そして行って、ご馳走になったり、歌うたったり、踊りおどったりして帰ってくるのが、本当の有り難いご馳走であったの。それがその、カムイノミ。カムイノミということは、神々に祈ったりするお祭り。——を、アイヌは「お祭り」ということは言わないで、「カムイノミ」って。いや、お祭りなの。……

(安田)「使いの者」を何か言い方あるんですか?

(葛野)ウナプテ クルunapte kur(使いの者)。

 ……そして家さ入って、(オンカミの仕草)こうやって手で拝みたてて、その家の爺さんでも婆さんでも、「今日は、どこそこの家にお祭りあるから、おいで下さい」。これはウタリ語(=アイヌ語)でもって言うの。日本語で言ったんでは話が合わんから(笑)。

  (アイヌ民族博物館2002、pp.76-77)

 

3.酒づくり

 

 カムイノミ(儀式)で欠かせないのが酒(お神酒)です。アイヌ語辞書で「カムイノミ」と引くと「神々におみき(神酒)をあげて祈とうの儀式をする」(田村1996)と書いてあります。「儀式」のアイヌ語として「カムイノミ」と言う場合もあるのですが、本来はお神酒を使う儀式に限られるようで、葛野辰次郎エカシも供物による祈り(ハルエオンカミ)を終え、これからお神酒で祈る段になって初めて「さ、カムイノミやるべ」と言ったりします(アイヌ民族博物館2002、p.118)。どうやら酒がなければカムイノミではないようですね。

 酒はアイヌ語でサケ、トノトなどと言います。サケはもちろん「酒」で、日本語からの借入語、トノトtono-toは「殿の乳、殿の飲物=酒」の意で「和人の酒」のことですから、本来は清酒を言ったのかも知れませんが、少なくとも現在当館では「トノト」と言えばアイヌ自製のどぶろくを指すことが多いようです。また、祈り詞の中など雅語ではアシコロとかイナウアシコロアシなどとも言います。

 儀式では清酒、どぶろくどちらも使えます。当館でも、コタンノミやイヨマンテ(熊の霊送り)、チセノミ(新築祝い)など大祭ではどぶろくを作りますが、毎月1日の儀式など普段は市販の清酒を使います。本来はどぶろくだが清酒でも良い、というぐらいの使い分けでしょうか。

 原料となる穀物は米のほか、ヒエ、アワなどが用いられます。元々北海道では米は和人との交易でしか手に入りませんでしたから、アイヌ自製の酒と言えば多くはアワ酒、ヒエ酒ですが、現在では米が一番安く流通していますので、米が普通となっています。炊いたご飯を冷まし、麹をまぜてぬるま湯を足し、1週間ほど発酵させて漉します。ヒエ酒の作り方はアイヌ文化振興・研究推進機構2004(PDF)、米酒の作り方はアイヌ民族博物館1990(Web版)をご覧下さい。

 ところで、酒造りは儀式の準備なのですが、酒造り自体にも儀式を伴います。酒の作り方は至って単純なのですが、発酵の進み具合は気温にも左右され、雑菌などが入ると発酵が止まる場合もあるようで、簡単ではありません。失敗すると貴重な材料が無駄になるだけでなく、近隣から長老を招いて催すような大祭では主催者の面目が丸つぶれです。そこで、酒を仕込む際には火の神様によくよく頼んだ上で、火の神の力を借りる意味でもろみ酒の上に消し炭をのせてみたり、酒樽の蓋の上には魔除けのシラッキカムイ(キツネの頭骨に削り掛けを巻いた守護神)や刃物を置いたりイナウを立てたり、あるいは保温と酒神の機嫌取りでしょうか、きれいなござや着物を着せたりと、あらゆる手段をとります。 最近は成功率が上がりましたが、かつては発酵が進みすぎて酸っぱかったり、逆に発酵せずに「酒の味がしない」こともありました。だからこそ最後は「神頼み」なのでしょう。

▲写真1 飾られた酒樽

 こうして一週間ほど発酵させ、儀式の前日になると酒漉しが行われます。囲炉裏の四隅にイヌンパストゥイナウ(酒漉しの木幣)と呼ばれる木幣を立て、男性が火の神に祈ったあと、女性たちが空の酒樽の上にザルを置き、醸した酒を注ぎ入れて揺すると固形分(酒粕)はザルに残り、下には漉された酒がたまります。これでどぶろくは完成。男性が新酒を火の神と木幣類に垂らして捧げた後、サケサプケ(新酒の味見)をし、翌日の儀式に備えます。

▲写真2 酒漉し(サケヌンパ)

4.どぶろくとトノイレンカ(和人の掟)

 

 先ほどから「え? どぶろくって作っていいの?」と思った方もおられるのではないでしょうか。儀式に欠かせない酒ですが、アイヌモシリ(アイヌの国土)が「北海道」と呼ばれるようになった明治以降、「木を切れば盗伐、鮭鱒をとれば密漁」そして「酒を造れば密造」という時代になり、アイヌプリ(アイヌの風習)は苦境に立たされました。「トノ イレンカ ユプケ クス(和人の戒律がきびしいので)」というのは祈り詞の中の常套句ですが、昔通りにできないことを神々に詫び続けなければならない時代になったのでした。

……ことに従来手製で無制限に飲んでいたトノト(酒)は、醸造を禁じられたので、毎日のカムイノミに使用する多量の酒は、皆店から購わねばならず、これらは一家の経済上にとって大打撃となったのである。収入に伴わない支出を余儀なくされる結果、生活の苦痛を深刻に感ずるようになった。(満岡伸一2003(1924)、p.33)

 

 現在でも、どぶろくを作るには酒税法に基づく酒造免許が必要で、「酒類の製造免許を受けないで酒類を製造した場合は、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられるほか、製造した酒類、原料、器具等は没収されることになります。」と税務署のホームページに記載があります。これは宗教的行事で使うお神酒に関しても同様で、酒造免許、酒税の納税、各種申告を必要とし、許可は敷地内での飲用に限られます。当館でもこれを取得し、毎年税務署に「酒類の製成及び移出の数量等申告書」等の書類を提出しています。

 しかし、アイヌが酒をつくるのは自分が飲むためではありません。神同士、人同士、分かち合うことがアイヌの美徳であり、カムイノミでした。「敷地内での飲用に限る」などと言っては、カムイノミになりません。

(葛野辰次郎)……働いて儲かったら隣近所にも、若い者に(使いをさせて)、年寄りにでも御神酒やって飲まして喜ばすのが、一番アイヌの手柄なんだと。いくら金儲けても、隣近所の年寄りにご馳走も食べさせない、酒も飲ませない、それは何にもならないんだと。それはね、その悪い悪の神様と陰まわりして飲んでるんだと。(アイヌ民族博物館2002、p.75)

 

 アイヌの酒は最初から儀式の場を越えることが前提です。現在当館ではコンプライアンスに努めていることはもちろんですが、伝統的な儀式では本来、

・儀式の前日、新酒ができると、まず長老の家に届けます。そこの家でも神々に祈り、飲みます。つまりカムイノミをします。儀式に参列できない人も同様です。

・人々を儀式に招き、その場で献酬し、分け合って飲みます。また、余り酒は持ち帰って自宅で儀式をします。

・儀式では神に御神酒を捧げ、「神々も宴を開いて、神々同士分け合って飲んで下さい」と祈ります。

・祖先に御神酒を捧げ、「祖先の所でも宴を開いて、分け合って飲んで下さい」と祈ります。

 つまり、アイヌの酒は儀式の場を離れ、アイヌの社会へ、カムイ(神)の国へ、祖先の国へ広く「移出」されシェアされて、至る所にアイヌの「徳」が行き渡り、アイヌの社会でも、祖先の国でも、神の世界でも評価を高めることこそカムイノミの意義と考えられているわけです。

 「それじゃ1樽や2樽作っても足りないんじゃないの?」と心配に思われるかも知れませんが、神に捧げた1杯の酒が、神の国の酒樽に移すと上座に6樽、下座に6樽、計12樽(=たくさん)に増えるのだそうで、問題はありません。

キケウシパスイ
削り掛けつきの捧酒箸は
ソンコ オケレ クス
伝言を終えたので
ネア トゥキ チュイナ ヒネ
私はその酒椀を受け取り
シントコ オロ チオタ
行器にあけました。
イワン シントコ
6つの行器を
ロッ チョライェ
上座に置き
イワン シントコ
6つの行器を
ウトッ チョライェ
下座に置き
ネ ヒ オロワ
それから
カムイ オピッタ
神々をみんな
アエアフンケ ワ
招待して
シサク マラット
盛大な酒宴を
アンテ カ タ… 開いた上で…
C182 川上まつ子「飢饉を救った狩り場の神」(神謡)

 

▲動画1 アイヌから届けられた酒や供物(デジタル絵本『スズメの恩返し』より。絵:小笠原小夜)

 

 アイヌはこういう世界観で生きてきたのです。今春のコタンノミでも「このトノトで家でカイムノミするんだ」と言っていた人もいて、妙にうれしくなりました。決して昔話ではないのです。

 

5.木幣の製作

 

 酒と並んで儀式に欠かせないのがイナウ(木幣)です。コタンノミではポロチセだけで各種のイナウが約80本、その他にイナウル(軸部のない削り掛け、イナウキケ)が約120本必要になります。コタンノミではポロチセ以外のチセ(復元住居)や熊檻、チプサンケ(舟下ろし)を同時に行う場合には舟、トーコロヌサ(湖畔の祭壇)などにもイナウを立てますので更に増えることになります。

 イナウの材料はヤナギかミズキですが、最近はイナウはほぼミズキ、イナウケマ(木幣の脚、イナウに接続する棒)はヤナギを使うことが多くなりました。昔は数日前に材を取って適度に乾燥させ、儀式の前日から当日午前中にかけて、村人や招かれた男性客たちから腕利きが選ばれて、地元の名誉を背負って削ったといいます。

 現在当館ではベテラン職員の指導のもと、若手男性職員と伝承者育成事業の研修生がカリキュラムの一環として10日ほど前に採取し、1週間ほど前に製作していますが、毎回これだけのイナウを削っているので腕を上げ、どこに出しても恥ずかしくないできばえになりました。

 なお、当館のイナウ製作の詳細は、アイヌ文化振興・研究推進機構2003『アイヌ生活文化再現マニュアル イオマンテ 熊の霊送り【道具編】』(PDF)にまとめられています。(イオマンテではキハダの材を使うものもありますが、イオマンテ以外では使いません)

6.供物の製作

 

[ハルエオンカミの供物]

 コタンノミでは、本祭の冒頭にハルエオンカミ(供物による拝礼)という祈りがあります。これは葛野辰次郎エカシの伝承に基づくもので、用意する供物は以下の6種類です。

▲写真3 静内地方のハルエカムイノミの供物の一例(いずれも乾燥させたもの)
    ※1991年、故・葛野辰次郎氏が祭主を務めた儀式映像より

  ①ピットク(オオハナウド)
  ②ピヤパ(ヒエ)
  ③サッチェプ(干鮭)
  ④トイタタンパク(自家製タバコ)
  ⑤タンパク(刻みタバコ)
  ⑥シケレペキナ(ヒメザゼンソウ)

 病魔よけの儀式で使われる供物で、「この村にはこんな粗末なものしかありませんので、どうかこれを受け取った後はよその村へ行って下さい」と祈ると言われ、白老を含め各地に類似の風習があるのですが、葛野辰次郎エカシ自身は「粗末な食べ物」とは考えていないようで、祖先伝来の供物として病神以外の神にも上げるようです。

[シンヌラッパ(先祖供養)の供物]

 本祭の中で、神々への祈りが終わるとシンヌラッパ(先祖供養=表1の2−⑴-⑥)があります。 先祖供養ですから、先祖が喜ぶものをあげれば良く、各種のアイヌ料理に加えて昔の駄菓子や、リンゴやバナナなどの果物、ビール、焼酎なども並びます。ただ、タバコ、水、イナキビご飯、団子、ラタシケプ(煮物)、オハウ(汁物)、チマチェプ(焼き鮭)、サッチェプ(干し鮭)など伝統的なアイヌ料理や供物も当館では欠かしません。これらはかつてイオマンテの際に地元白老のフッチ(おばあさん)たちや、織田ステノ(静内地方)、日川キヨ(阿寒湖)の諸姉らに指導を受けものです(アイヌ民族博物館1990 Web版参照)。

 また供物や酒は招待客の方々が持参されることもあります。葛野エカシによればアイヌ語でカムイコイカオセ(神に供物を持参する)、またはカムイコカシオセ(同)と言うのだそうで、昔も手ぶらでは行かず、持ち寄ったものだと言います。ご提供いただいた料理、供物はシンヌラッパの際などに併せてお供えし、清酒は毎月の儀式などでありがたく使わせていただいています。

 また、見学者の皆さんもシンヌラッパの際、供養に参加しながら試食することができます。また、招待客らの昼食(振る舞い)用としても用意されます。

 当館の供物作りについて、詳しくはアイヌ文化振興・研究推進機構2004(PDF)にまとめられています。

▲写真4 団子用の穀物を搗く(木下清蔵写真=大正末期から昭和初期の白老にて撮影)

▲写真5 祖先供養の供物(一部)

 

7.式場の準備(当日の開式前)

 

 儀式の案内には「開式 10:30〜」などと書かれていますが、通常は午前中にイナウの製作など準備にあてられ、儀式そのものは午後から始まるのが普通だったようです。今でも招待客からそういう指摘を受けることがありますが、コタンノミに関しては午前の開式が定例化しています。

 当日の開式前は以下のような準備作業があります。

①タクサ(手草)で式場を清める。

 ササ束を両手に持ち、男性2人が室内の上手から下手へ、「フッサ、フッサ」と魔払いのかけ声をかけながら床を清めます。

▲写真6 フッサカラ(式場の清め)の開始

②削り掛け(イナウル)を屋内の所々に吊し垂らす

 上の写真ではすでに設置済みです。家の四隅、ソパ(上座)のイヨイキリ(宝物置き場)の上、窓や戸の両脇、炉棚や炉かぎなどに削り掛け(イナウル)を吊します。また、サイシントコ(儀式用の酒樽)やひしゃく、エトゥヌプ(片口)、火箸、灰ならしなどの道具にも結びます。

③炉とヌサ(屋外の祭壇)に所定のイナウ(木幣)を立てる。

 炉に火の神のイナウ(チェホロカケプ)を4本、チセコロイナウ(サケイナウ)を1本立てます。

 また、屋外の祭壇(ヌサ)の14神に立てるイナウを準備し、立てます。ヌサのイナウを立てるタイミングは、儀式の中でそれぞれの神に祈る時(図1の2−⑴-④⑤)に立て、酒粕を盛るのが正式ですが、一部まはた全部をあらかじめ開式前に立て酒粕を盛っておくこともあります。現在当館では、全て当日の朝、開式前に立てておきます。

 ヌサに立てるイナウは、イナウケマ(幣脚)と呼ばれるヤナギの棒に接合(イナウセシケ)され一段高くしたり、イナウル(削り掛け)を差したり結んだりなど加工が必要で、それらは製作段階では行わず、必ず当日に行われます。

▲写真7 木幣の準備イナウセシケ(木幣に棒を接合する)

▲写真8 イナウは神窓から外へ出し、ヌサ(屋外の祭壇)に立てる(イナウロシキ)

④敷物を敷き(ソカラ)、祭具を出す
⑤酒を儀式用の酒樽に移し、炉頭に据える。

 本来は式場全体にガマの葉で編んだ無地のござを敷き詰めるのですが、ポロチセはすでに市販のござが敷かれているため、列席者が座る場所など一部に敷くだけです。炉頭にはカムイノミチタラペ、イナウソと呼ばれる模様入りのござを敷き、その上に酒器や祭具を据えます。

▲写真9 ござを敷いた式場

▲写真10 炉頭のチタラペ(模様入りのござ)に据えられた酒器

 

8.着座

 

▲写真11 着座し開式を待つ参列者(2016.4.30)

 準備が整うと、正装した男性たちが列座(ウエソプキ)します。男性は刺繍のついた着物にサパウンペ(幣冠)というかぶり物を身につけます。女性はその傍らで、同じく刺繍衣に首飾り(タマサイ)、耳飾り(ニンカリ)、マタンプシ(鉢巻き)などで着飾ります。招待客の皆さんには当館で着物を用意していますが、町役場の来賓以外は自前の正装で出席して下さいます。先日のコタンノミではエムシ(儀式用の刀)を帯びている方も複数いらっしゃいましたが、それが本来ですのでありがたいことです。一般のお客様には入口でアイヌ文様の入った半纏をお渡ししています。

 アイヌの考え方では、儀式に参列するということは自分一人が参列するだけではない、といいます。どういうことかというと、まず儀式用の刀、幣冠などの正装、トゥキ(杯)、イクパスイ(捧酒箸)などの祭具には祈り手の祈りを助ける霊的な力があると考えられていて、自家に先祖から伝わるものがあればそれを用いることが最善と考えられました。重い伝統をまとって参列するわけです。

 また、トゥレンカムイ(憑依霊)と呼ばれる霊も、参列者の同伴者です。祈り終えた男性や余り酒を受けた女性が肩から首の後ろに捧酒するのはこの霊のためです(注2)。今年の月刊シロロ5月号で北原次郎太氏が詳しく解説しています。

…この神をトゥレンカムイと呼び、その人の肩や首の後ろ付近に宿っているとされます。神々について良く知っている人は、美味しい物やお金など良い物が手に入った時には、肩から首の後ろにかけてかざす仕草をします。こうすることによって、トゥレンカムイに報告をしたり、捧げたりすることができるといいます。こういう意味では、アイヌの信仰においては誰でもいつでも憑依霊を伴っていることになります。(北原次郎太「アイヌの精神文化 ラマッについて⑷」 月刊シロロ2016年5月号

 

 さらに、当館の儀式の基礎を築いた伝承者、栃木政吉氏がよく祈り詞の中で言いますが、クヘコテカムイ(私が付き従う神、つれあいの神)と共に儀式に列席するのだと言います。いつも自宅で祈っている火の神を伴って来ているのだというのです。

ウェン シリ パテク
無様なだけの
ケク ルウェ カ ソモ タパン ナ
私が来たのではありません。
クヘコテ カムイ 私が付き従う神
モシリコロフチ
大地を領する
アペフチカムイ
火の女神は
ウインロク カムイ
一つ絆の神
ウ ネ アクス
ですので
クヘコテ カムイ 私がつき従う神
ウ ネ ア ヤッカ であっても
マラプト ネ ワ
(一緒に)客となって
アン ナンコン ナ
来ているのです。
栃木政吉氏「イヨマンテの祈り詞」(30001、1978.2.5採録)より

 

 人間同士が宴を開いて交流するのと同時に、互いの後ろ盾となる神々も同時に宴に参加し、交流するのだという考え方です。そして人間の国でも、神の国でも、先祖の国でも、酒を酌み交わしご馳走を食べて飲めや歌えの交流をする。この広がりこそがカムイノミの本質だとも言えるのかもしれません。

 

 

(注1)詳しくは「2.当館儀礼の全行程・解説」(アイヌ民族博物館2000)を、またアイヌ最大の儀式イヨマンテについては、『イヨマンテ─熊の霊送り─報告書』(1990年,アイヌ民族博物館発行)のWEB版を参照のこと。

(注2)葛野辰次郎氏が祈り終えて幣冠、儀刀、トゥレンカムイなどに捧酒している映像は月刊シロロ2015年11月号の動画2で紹介した。

 

参考文献

アイヌ文化振興・研究推進機構2003『アイヌ生活文化再現マニュアル イオマンテ 熊の霊送り【道具編】』(DVD付)(PDF

アイヌ文化振興・研究推進機構2004(協力・監修:アイヌ民族博物館):『アイヌ生活文化再現マニュアル イオマンテ 熊の霊送り【料理編】』(DVD付)、pp.12-23 PDF版

アイヌ民族博物館1990『イヨマンテ—熊の霊送り—報告書』Web版

アイヌ民族博物館2000『伝承事業報告書 ポロチセの建築儀礼』

アイヌ民族博物館2002『伝承記録7 葛野辰次郎の伝承』

アイヌ民族博物館2003『伝承事業報告書2 イヨマンテ-日川善次郎翁の伝承による-』

久保寺逸彦1968「アイヌの建築儀礼について―沙流アイヌよりの聴書き」『北方文化研究』第3号、北海道大学(久保寺逸彦著作集1、草風館、2001年所収)

田村すず子1996:『アイヌ語沙流方言辞典』(草風館)

満岡伸一2003(1924)『アイヌの足跡』改訂9版、アイヌ民族博物館

 

(やすだ ますほ)

 


【儀式見学の予備知識 バックナンバー】

1.式場とマナー 2016.6

2.祭神⑴ 家の神々 2016.7

3.祭神⑵祭壇の神々 2016.8

 

[トピックス バックナンバー]

1.「上田トシの民話」1〜3巻を刊行、WEB公開を開始 2015.6

2.『葛野辰次郎の伝承』から祈り詞37編をWEB公開 2015.9

3.第29回 春のコタンノミ開催 2016.5

 

[資料紹介]バックナンバー

1.映像でみる挨拶の作法1 2015.10

2.映像でみる挨拶の作法2「女性編」 2015.11

3.映像で見るアイヌの酒礼 2016.1

4.白老のイヨマレ(お酌)再考 2016.3

 

[今月の絵本 バックナンバー]

第1回 スズメの恩返し(川上まつ子さん伝承) 2015.3

第2回 クモを戒めて妻にしたオコジョ(川上まつ子さん伝承) 2015.4

第3回 シナ皮をかついだクマ(織田ステノさん伝承) 2015.5

第4回 白い犬の水くみ(上田トシさん伝承) 2015.7

第5回 木彫りのオオカミ(上田トシさん伝承) 2015.8

 

 

 

 

《図鑑の小窓17》イケマ(ペヌプ)のおまもり

 

 文・写真:安田千夏

 

 盛夏に白い可憐な花を咲かせるツル性植物、アイヌ語名イケマ(注1)。自生地は北海道以北だけではなく本州以南にも分布し、和名もイケマ(生馬)となぜか同じ名前ですが、一般的に超有名植物ではないので知らないという人が多いかも知れません。ところがアイヌ民族博物館の伝承者育成事業で私が担当している自然講座の開講時、受講生達に「どんな野草を覚えたいですか?」と訊くと、毎回必ずと言っていいほど名前があがって来ます。その理由は、アイヌ文化におけるイケマは重要な役割を果たす野草の筆頭にあげられると言っても過言ではないからなのです。

▲写真1 イケマの花

▲写真2 『蝦夷島奇観 イケマ図』

▲写真3 イケマの根(乾燥したもの)

 アイヌ文化におけるイケマ利用部位は、何と言っても一番に語るべきなのは長くて太い根の部分です(注2)。大きく分けて①食用②薬用③呪術的利用法の3つがありますので、順を追って説明していくことにしましょう。

①食用について

 「炮り喰ふニ味甘美」。これは『蝦夷島奇観 イケマ図』に添えられた一文です。ひらたく言うと「火であぶって食べると甘くておいしい」。これはアイヌ文化に伝わるイケマの根の食べ方を記録したものと考えることができます(注3)。甘くておいしいのなら試しに食べてみたいという気持ちが起きますが、それはやめておいたほうがいいでしょう。かなり強い毒(注4)が含まれていて『分類アイヌ語辞典(注5)』にも「親指くらいの太さ9〜12㎝くらいの長さのものを二つも食べれば中毒を起こす」とされ、中毒を起こした場合のキビしい対処法も記されています。『アイヌと自然デジタル図鑑』の伝承者の語りにも「あまりしつこく食べると口も聞けなくなり、死んでしまうこともある恐ろしいものだと聞いている(注6 )」とあり、食べることについての危険性は充分に認知されていたということがわかるのです。

②薬用について

 『イケマ図』によると「また乾製して末となし金瘡に粘す。血をとむる事、神効」。意味は「乾燥させて粉末にしたものを刃物の傷に塗ると、血止めの効き目は神クラス」。但しこれはアイヌ文化の利用法を記録したものではなく、漢方薬としてのイケマ根「牛皮消根」の効能について書かれた可能性が高いものです。

 アイヌ文化の薬用については諸説あるものの、必ずしも干したものではなく掘ったばかりの根を利用するという記述もみられ、腹痛や歯痛に少量を噛んで飲み込む、頭痛に根を焼いたものを湿布、化膿に煎じたもので洗うなど諸説あります(注7)

③呪術的利用法について

 さて『イケマ図』には書かれていない呪術的利用法ですが、これこそがアイヌ文化において最もポピュラーな使われ方なのです。イケマの根には独特の香りがあり、それに魔を払う力があると考えられ、生活の様々な場面で利用されました。妖怪や死霊が近くにいるのではないかと感じて寒気を感じたときや夢見が悪いときなど、お葬式や病気の人がいる場合などにイケマの根を口に入れ噛んでその香りが含まれた息を吹きかけると魔物の類は退散すると考えられていました(注8)

 そしてイケマの根を小片にして干したものは、悪神や妖怪の類から身を守る心強いアイテムとして使われます。『デジタル図鑑』でもじつに多くの伝承者の方がこのタイプのおまもりについて語っているので以下にまとめてみました。

悪い風邪が流行する前や新しい年が来る時に魔よけの効果がある植物を身につけます。特にイケマ根の小片をよく首につけてもらいました。(沙流35003 川上シン)
根を刻んだものを小さい袋に入れて子供の首から下げました。小さい子は嫌がって取ってしまうので、頭のてっぺんに糸でしばっておきました。(沙流34713 川上まつ子)
使いに出されるとき、根を少しだけ折ったものを着物の中に入れられました。懐に入れると落とすので、背中に入れられました。悪いものに憑かれないための魔よけです。(静内34178 織田ステノ)
根の小片を着物のえりの所に入れました。(静内15284 葛野辰次郎)
根の小片を着物の中に入れたり、子供は糸を通して首から下げました。(静内34405)
根の小片を小さい袋に入れて身につけました。子供のときは帽子のてっぺんにつけたり、白黒の糸をより合わせて通し首から下げたり、たすきがけにしてつけました。(帯広30103 山川弘)

 

 有毒植物とは言っても、こうして身につけるというのであれば問題ありません。小さい子に身につけさせる場合にはいろいろな工夫をしなくてはならなかったようで、微笑ましくもあらゆる方法を駆使して我が子を守ろうとした親心を感じます。

 このイケマのおまもりを「作って身につけたい」というリクエストは冒頭で触れた自然講座でも度々寄せられ、イケマに対する信頼感は過去のものではなく今でも決して揺らいでいないのだと改めて実感するのです。さりげなくもささやかな伝統ですが、決して忘れ去られることなく受け継いでいきたい大切な先人の知恵ですから、種子からイケマを育てる方法を模索しています(注9)

<写真4 イケマのおまもり(児玉資料)>

 

(注1)道東地方ではペヌプというアイヌ語名で呼ばれるのが一般的です。

(注2)実の利用法などもありますが、それはまた別の機会に取り上げたいと思います。

(注3)本州以南では地方によって若芽を食べるという記録が散見しますが、根は有毒ということもあり「飢饉時によくゆでて除毒してから食べる」など限定的な記録しかみられません。

(注4)毒の成分については諸説あるようですが、北海道立衛生研究所によると「ステロイド配糖体及びステロイドアルカロイド(姉帯、南2006)」とされています。

(注5)アイヌと自然デジタル図鑑で『アイヌ語辞典』を検索するとあらましがわかります。

(注6)アイヌ民族博物館音声資料34405(静内地方)。

(注7)注5に同じ。

(注8)有毒なものを口に入れることに抵抗があるという方もあるかも知れませんが、毒の影響を受けるのは大量に食べた場合であり、ごく少量を口に入れるのみで飲み込まないということに留める限りにおいては具合が悪くなったという話は聞いたことがありません(私も大丈夫でした)。もちろんむやみに真似をすることはお勧めしませんが、伝統文化のひとつとしてご理解いただければと思います。

(注9)自生するものから採取した種子から発芽はするものの、その後移植する環境のせいなのか立派な根に成長するまでには至っていません。今後の報告にご期待ください。

<参考文献>
アイヌ民族博物館『アイヌと自然デジタル図鑑』 (2015年)
姉帯正樹、南収「アイヌ民族の伝承有用植物に関する調査研究(第15報)イケマの試作栽培および若芽の栄養成分分析」『アイヌ民族博物館研究報告 第9号』アイヌ民族博物館 (2006年)
知里真志保『分類アイヌ語辞典 第1巻 植物篇』日本常民文化研究所 (1953年)
秦檍麿(東京国立博物館編)『蝦夷島奇観』雄峰社 (1982年)

 

(やすだ ちか)

 

 

[バックナンバー]

《図鑑の小窓》1 アカゲラとヤマゲラ 2015.3

《図鑑の小窓》2 カラスとカケス   2015.4

《図鑑の小窓》3 ザゼンソウとヒメザゼンソウ 2015.5

《自然観察フィールド紹介1》ポロト オカンナッキ(ポロト湖ぐるり) 2015.6

《図鑑の小窓》4 ケムトゥイェキナ「血止め草」を探して 2015.7
《自然観察フィールド紹介2》ヨコスト マサラ ウトゥッ タ(ヨコスト湿原にて) 2015.8

《図鑑の小窓》5 糸を作る植物について 2015.9

《図鑑の小窓》6 シマリスとエゾリス 2015.10
《図鑑の小窓》7 サランパ サクチカプ(さよなら夏鳥) 2015.11

《図鑑の小窓》8 カッケンハッタリ(カワガラスの淵)探訪 2015.12

《図鑑の小窓》9 コタンの冬の暮らし「ニナ(まき取り)」 2016.1

《図鑑の小窓》10 カパチットノ クコラムサッ(ワシ神様に心ひかれて) 2016.2

《図鑑の小窓》11 ツルウメモドキあれこれ 2016.3

《図鑑の小窓》12 ハスカップ「不老長寿の妙薬」てんまつ記 2016.4

《図鑑の小窓》13 冬越えのオオジシギとは 2016.5

《図鑑の小窓》14「樹木神の人助け」事件簿 2016.6

《図鑑の小窓》15 アヨロコタン随想 2016.7

《図鑑の小窓》16「カタムサラ」はどこに 2016.8

 

 

 

 

《伝承者育成事業から》今月の新着自然写真「私の一枚」

 

 アイヌ民族博物館で行われている伝承者(担い手)育成事業受講生の新着写真等を紹介します。

▶木幡弘文の一枚

▲和名:ヤマキマダラヒカゲ(蝶々)/アイヌ語名:ヘポラプ【沙流、幌別】

 

 研修の自然観察の際に講師の腕に止まったところをパシャリ。横からのアングルに加えて前からご尊顔を撮ろうとした所で飛んで行ってしまいました。残念。

 図鑑を見た所ヤマキマダラヒカゲではないかと思いますが5〜7月の蝶々ということで、もしそうであるならば少し長い出演という事になりますね。

 単独でアイヌ語名がついてはいませんが、蝶々全般をヘポラプと言います。他にもマレウレウとも呼ばれます。

(木幡弘文)

木幡弘文のアルバム

 

▶新谷裕也の一枚

▲和名:クリ アイヌ語:ヤム yam

 

 まだ青いですが、クリに実がついていました。成熟するのは10月頃なので、実は小さく、とてもかわいらしかったです。
 アイヌ文化でも煮たり焼いて食べられていたクリの実ですが、いがを煎じて咳止めの薬にしたといいます。また、脱肛した時は実の皮を煮てその湯気で患部を蒸したといいます。

 

(新谷裕也)

新谷裕也のアルバム

 

▶中井貴規の一枚

▲和名:ベニバナヒョウタンボク アイヌ語名:アイナニ

 

 ベニバナヒョウタンボクは、アイヌ語でアイナニと呼ばれます。

 知里真志保氏の『分類アイヌ語辞典植物編』によれば、「矢尻と矢柄とを連結する木」ということでした。

 「ヒョウタン」の名は、2つ並んだ子房が合着して1つになり、その果実が瓢箪の形に似ていることに由来しているそうです。

 子房が合着しているかどうかは微妙ですが、たまたま瓢箪のような形の果実を撮影することができました。

(中井貴規)

 

中井貴規のアルバム

 

▶山本りえの一枚

▲和名:ヒルガオ

 

 アイヌ語名はありません。しかしヒロハヒルガオ、ハマヒルガオにはアイヌ語名がついていて、ケンやキテシ、キッテシなどという名前がついています。ヒルガオの花のことではなく、根のことをそう呼びます。早春に根を掘り、煮てから油をつけて食べたり、刻んでご飯に炊きこんで食べたりしたそうです。本当にヒルガオだけ食べていなかったのでしょうか…?今度食べ比べようと思います。

(山本りえ)

山本りえのアルバム

 

 

▶山丸賢雄の一枚

▲和名:ゲンノショウコ アイヌ語名 ポンライタ ponrayta

 

 フシコベツ川でゲンノショウコを見つけました。民間薬として有名でお腹をこわしたときに茎や葉をお湯で煮たものを薬として飲みます。アイヌ文化でも腹痛や便秘の時に煮汁を飲みます。開花時期が土用の丑の日あたりと言われており、その時期に収穫するそうです。土用の丑の日はうなぎと一緒にゲンノショウコのお茶もいかがでしょうか。

(山丸賢雄)

 

山丸賢雄のアルバム

 

 

▶山道ヒビキの一枚

▲和名:ミヤマヤブタバコ アイヌ名:アイヌキナ

 

 小さい黄色い花ですが、道端で目立って咲いていました。
 ミヤマヤブタバコのアイヌ語名は採録されていませんが、
 近似種ヤブタバコのアイヌ名はアイヌキナと言います。初めて聞いたときは、

「アイヌ(人間)・キナ(草)」人間の草という意味だと思いましたが、よくよく調べてみる
と「アイ(とげ)・ヌ(持つ)・キナ(草)」とげを持つ草でした。
改めて調べることは大切だなと感じた自然観察会でした。

(山道ヒビキ)

 

山道ヒビキのアルバム

 

 

《伝承者育成事業から》今月の新着自然写真「私の一枚」 バックナンバー

6月号 2015.6

7月号 2015.7

8月号 2015.8

9月号 2015.9

10月号 2015.10

11月号 2015.11

1月号 2016.1

5月号 2016.5

6月号 2016.6

7月号 2016.7

8月号 2016.8

 

 

《伝承者育成事業レポート》

女性の漁労への関わりについて 2015.11

キハダジャムを作ろう 2015.12

《レポート》ウトナイ湖野生鳥獣保護センターの見学 2016.2

《レポート》アイヌの火起こし実践ルポ(前編) 2016.3

《レポート》アイヌの火起こし実践ルポ(後編) 2016.4

 

 

 

 

 

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